寺社仏閣巡り

坐禅が無料体験できる東光寺 見聞録

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灯台下暗しとはまさにこのこと。

我が家の近所にこんなにも素晴らしいお寺があったとは。

 

 

 

その寺の名は『東光寺』という。

 

 

この寺を訪れて私が勝手に名付けた別名が『施しの寺』

その奉仕の気構えが素晴らしい。

 

 

何せ檀家でもなんでもない者までも寛大に受け入れてくれて、ラウンジでコーヒーやお茶がいただける(無料)。

 

 

 

ついでにお菓子もいただける。どんだけ〜

 

 

 

思わず「ありがたや〜」と御礼申し上げてしまう。

このような素敵な置き物がいたるところに鎮座しているのもここの特徴だ。

 

コーヒーだって、ファミレスにある何ちゃってではなく、コンビニのように豆を挽いて出してくれる高級タイプ。

 

 

やっぱり「ありがたや〜」

 

さらにありがたいことに、土曜日限定ながら無料で座禅会に参加させていただける施しまであるという。

 

 

私がこの寺を訪れたのは坐禅会が目的ではなかったが、ちょうど訪れた日がその日だったので、せっかくだからと参加してみた。

 

イメージとしては広々とした講堂のようなところで皆が同じ向きに並んで坐禅を組んで肩をパンッ!と叩かれるのかと思いきや、実際にはそうではなく、位牌の並べられた部屋で皆が位牌の方を向いて坐禅を組むというスタイル。

だからといって決しておどろおどろしい雰囲気はなく、それなりの数の老若男女が参加する人気の催しのようだ。

 

坐禅会の目的は煩悩の昇華。

しかし、坐禅中、何も考えるな考えるなと念じても、すでにその事に脳内が占められている。

そして、土曜日とあれば、どうしたって事前に購入しておいた馬券の結果も気になってしまう。

全く煩悩の塊だよ、俺ってやつは…

ただ、その煩悩を打ち払うような人生初の"肩パシッ!"

なんだか気持ちよかった。

 

坐禅は30分ほどもあったので睡魔が襲ってきてしまったが、あぐらをかいているのは平面の床ではなく、少し高さのある狭い台座のようなところだったので、バランスを崩せば前にゴロンと頭から落下しかねない。

さすれば坐禅中に極楽浄土という憂き目に遭いかねないので、眠気覚ましのために「もっと肩パシッやって!」と思ったが、懇願虚しくパシッは一度だけだった。

そんな感じで最後まで無心になれたようななれないような中途半端に終わった坐禅ではあったが、なんだか清々しい感じはした。

※あとで調べたら「肩パシッ!」は「警策」というのだそうだ。へぇ~。知ってた?

 

その後、堂内を皆でそぞろ歩き(謎)、お経のようなもの唱え、歌を歌い、最後にもう一回坐禅を少しだけ組んで、めでたく催しが終了した。

いやぁ、これは普段の生活ではなかなか経験できない貴重な体験。これが無料だなんて通ってもいいな。

※実際、今週も行ったので2週連続で通った(笑)

 

 

おそらく競馬民の多くは私と同じ煩悩の塊。

たまにこうして精神を解毒するのはありだと思う。なにせ無料なのだから。

このお寺を訪問したのはもともと坐禅が目的ではなく下記の写真のような建造物群。

 

なんとも勇ましい。そして顔の彫りが深い。

 

堀の深い顔の像の横に対に並んでいるこちらもまた勇ましい。

 

こうした素晴らしい彫り物を見るだけでも価値のある場所

 

 

 

ラウンジ内にあるこちらはお触り自由。

この手の菩薩像は普通は手を触れることを禁じられているもの。

これが触り放題(言い方)とは、ここにもこの寺の施しの度量がみてとれる。

 

さらにラウンジにはこのような美しい金魚や鯉たちもいる。

 

 

 

なんとも立派なデメキンやリュウキン、これは金魚好きにはたまらない目の保養。

この水槽の管理ひとつとっても、この寺院のきめ細やかな設備管理の徹底度合いがうかがえるというもの。

これだけの数がいれば間違いなくし水質が悪化するものだが、砂利を敷いてフンなどをカムフラージュするでもなく、堂々と全てを見せてこの綺麗さは保っているのは素晴らしい。

 

また、入口付近には何やら懺悔室のような小部屋が両サイドにあって、お寺だというのにキリスト教の寺院を来訪したような錯覚に陥る。

 

 

腰をかがめないと入れないようなこの小部屋に入ってみると…

 

 

なにこの高貴な像は…しかも部屋の色がカラフルに変わるという仕掛け。

 

 

こっちは赤バージョン。

 

 

こちらはいったい…

かわいいけど。子供受けはしそうだ。

 

というわけで、お寺ながら、じめッとした雰囲気は皆無。

おそらくラウンジは近所の方々の憩いの場にもなっているのだろう。

コーヒー無料ということで、ここが知れ渡ってカフェ代わりに勉強などで利用する輩が出ることも危惧したが、ここは紹介せずにはいられない素晴らしき地。

ぜひ心身に疲れたら一度、坐禅を経験してみたらいかがだろうか。

 

…なんて記事を先週の段階で書き留めていたのだが、私自身が再び坐禅を経験しに赴いてしまったので、新たな発見があったの続きを記そう。

 

 

今週も坐禅が終わってコーヒーをいただき、富士Sの的中を確認して「お寺様ありがとう」と帰路につこうとしたのだが、なにやら「ねはんの道」という案内があったので、導かれるように中に入っていった。

「ねはん」とは何ぞや?と後で調べたら、漢字では「涅槃」で意味は「繰り返す再生の輪廻から解放された状態とのこと」とのこと。

よく分からないが、極楽浄土的なものなんだろうか?(適当)

 

実際に室内にはこのようなアンティークのような置き物が点在。

 

 

もはやお寺ではなく、どこぞやの美術館にやってきたような気持ちになってくる。

 

 

本来、このような神聖な場で観光気分で写真をパシャパシャ撮るのもどうかと思いつつ、思わず撮りたくなってしまう魅力的な置き物たち。

 

 

 

そして、部屋の中にはさらに狭い入口のようなものがあり、その中に入ると…

 

 

天井がこのような木のリーフの彫刻が。どこまで素晴らしいねん。

 

 

中にはこのような寝転がった像が。

思わず「ビルマの竪琴」を連想してしまった。

 

 

何とも不思議かつ素敵な空間であることよ。

安らかに眠れといったような意味なんだろか?

 

本来、神社に比べて、墓地であるお寺は気の悪いところも多いというが、ここはそういった気の悪さを全く感じなかった。

もっとも私は霊感などもないので、悪い気があったとしても気づかないだろうが。

そんな私でもいい気に満ちていると感じたのは、設備の素晴らしさや僧侶やスタッフの対応の良さに拠るところだろう。

 

埼玉県人なら一度訪れて、坐禅を体験し、素晴らしい像や置き物を拝み、無料のコーヒーとお菓子をいただきながら優雅な金魚たちを眺める、そのために赴く価値のある場所だと思う。

大宮駅から10分以内で行けるし、氷川神社ともそう遠くない位置にあるのでセットでの訪問がおススメ。

 

さて、私は3週連続で坐禅会に参加するのだろうか?

坐禅をしてもしても煩悩がなくならないんだけどね(笑)

 

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